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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)7024号 判決

原告

野村強起

ほか二名

被告

杉中久夫

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告野村強起に対し、金四五九七万六九九六円及びこれに対する昭和六三年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告野村勝義及び原告野村洋子に対し、各金一二四万円及びこれに対する昭和六三年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは、各自、原告野村強起に対し、金一億二三四三万八〇三三円及びこれに対する昭和六三年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告野村勝義及び原告野村洋子に対し、各金五五〇万円及びこれに対する昭和六三年一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六三年一月二三日午後一時四〇分ころ

(二) 場所 大阪府門真市柳田町二二番一一号先道路上

(三) 加害車 被告杉中久夫(以下「被告杉中」という。)が運転していた普通貨物自動車(なにわ四四な六九三九号、以下「加害車」という。)

(四) 被害者 足踏式二輪自転車(以下「被害車」という。)に乗つていた原告野村強起(以下「原告強起」という。)

(五) 事故態様 加害車が右場所を西進中、その前部が被害車前部に衝突し、被害車は転倒した。

2  責任原因

(一) 被告杉中は、前記場所を西進するに当たり、キープレフトの原則を遵守し、前方に右側の見通しが悪い交差点があつたのであるから、一時停止するか極力徐行して右側交差道路からの通行車両の有無を十分に確認し、安全を確かめつつ走行すべき注意義務があつたのにもかかわらず、これを怠り漫然と進行し、さらに、前方に衝突の危険のある自転車等を発見した場合には急ブレーキの措置をとるべき注意義務があつたのにもかかわらず、原告強起の足踏式自転車を発見してから本件事故に至るまでその措置をとらなかつたため、本件事故を惹起するに至つたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故による損害賠償責任を負う。

(二) 被告協和電工株式会社(以下「被告会社」という。)は、加害車を保有し、自己のため運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき本件事故による損害賠償責任を負う。

3  原告強起の受傷、治療経過及び後遺障害

(一) 受傷

本件事故により、原告強起は、頚髄損傷、第六及び第七頚椎脱臼骨折等の傷害を受けた。

(二) 治療経過

原告強起は、本件事故による受傷の治療のため、次のとおり入院した。

(1) 阪本蒼生会蒼生病院 昭和六三年一月二三日から平成元年三月二一日までの四二二日間

(2) 星ケ丘厚生年金病院 同月二二日から同年一〇月一五日までの二〇八日間

(三) 後遺障害

原告強起は、平成元年九月三〇日に症状固定に至つたが、両上下肢の機能の著しい障害(両上肢不完全麻痺及び両下肢完全麻痺)、直腸、膀胱及び性器の機能にも著しい障害を残した。これらの後遺障害は自賠法施行令別表後遺障害別等級表第一級の三に該当する。

4  原告強起の損害

(一) 治療費

前記の入院治療のため、次の治療費を必要とした。

(1) 阪本蒼生会蒼生病院分 六八三万五八一五円

(2) 星ケ丘厚生年金病院分 三〇万六一八〇円

(二) 入院雑費 八一万九〇〇〇円

前記入院期間(合計六三〇日間)に一日当たり一三〇〇円の入院雑費が必要であつた。

(三) 入院付添費 三四六万五〇〇〇円

前記入院期間(合計六三〇日間)中、原告強起は付添を必要とし、そのために全期間を通じて、一日当たり五五〇〇円を必要とした。

(四) 逸失利益 五〇一二万六〇四八円

原告強起は、本件事故による受傷の症状固定時に一八歳であり、本件事故に遭わなければ、六七歳までの四九年間就労可能であり、その間に一年当たり、平成元年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子一八歳及び一九歳の平均賃金二〇五万三〇〇〇円の収入を得ることができたものというべきところ、本件事故による後遺障害のためその労働能力をすべて失つたから、これによる逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息控除をして算出すると、次のとおりとなる。

(算式)2,053,000×24.416=50,126,048

(五) 将来的に必要とする費用

(1) 付添費 五三九〇万四五八七円

原告強起は、本件事故の後遺障害である両上下肢の麻痺のため、自らの身の回りのことを一人で行うことができず、星ケ丘厚生年金病院を退院した平成元年一〇月一五日以降も生涯にわたり付添看護が不可欠であり(原告強起は平成三年八月七日から株式会社コロンバンで勤務を開始し、コンピユーターによる商品管理等の仕事をしており、その出退勤時には改造自動車を自ら運転しているが、仕事で疲れるためか夜尿が激しく、その度に父である原告野村勝義(以下「原告勝義」という。)及び母である原告野村洋子(以下「原告洋子」という。)は、寝具等の洗濯に追われており、また、原告強起は一人で入浴及び大便排泄が行えないため、原告勝義及び原告洋子は、二人がかりでその介護を行い、また、勤務疲れを癒したり床ずれを防いだりするためのマツサージを行う等して、原告強起が家にいる時間のすべてにわたり付添看護をおこなつている。)、そのために一日当たり五五〇〇円を、五八・三年(一八歳男子の平均余命である。)の間必要とするから、この間の付添費用をホフマン方式により年五分の割合による中間利息控除をして算出すると、次のとおりとなる。

(算式)5,500×365×26.8516=53,904,587

(2) 車椅子代 八万三六八七円

原告強起は、本件事故による後遺障害のため、起立及び歩行不能となり、車椅子で場所の移動をしなければならなくなつたため、平成元年七月一一日に車椅子を購入し、自己負担分九三五〇円を負担した。車椅子の耐用年数は三年であり、原告強起の生存期間には次のとおりの車椅子代が必要である。

(算式)9,350×26.8516÷3=83,687

(3) ベツド代 八五万一八一三円

原告強起は、本件事故による後遺障害のため、身体障害者用のベツドが必要となり、平成元年一〇月一七日に身体障害者用ベツドを購入し、自己負担分三一万七二三〇円を負担した。身体障害者用ベツドの耐用年数は一〇年であり、原告強起の生存期間には次のとおりの身体障害者用ベツド代が必要である。

(算式)317,230×26.8516÷10=851,813

(4) 排尿及び排便についての清浄及び消毒費用 一〇七八万七八九八円

原告強起は、本件事故の後遺障害のため、失禁に備えて常時おむつをし、排尿のためにカテーテルを使用し、感染防止のための消毒薬品等を毎日必要としている。これらは星ケ丘厚生年金病院を退院した平成元年一〇月一五日以降生涯にわたり必要であり、その購入費用は、一か月当たり三万三四八〇円(内訳 カテーテル一万二〇〇〇円、尿袋六〇〇円、紙おむつ一万三四四〇円、ゴム手袋四二三〇円、消毒綿二六一〇円、ゴムバンド六〇〇円)であるから、一年当たり四〇万一七六〇円を下らず、五八・三年(一八歳男子の平均余命である。)の間の費用は、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息の控除をしてこれを算出すると、次のとおりとなる。

(算式)401,760×26.8516=10,787,898

(六) 慰謝料

(1) 傷害慰謝料 三二〇万円

(2) 後遺障害慰謝料 二一〇〇万円

原告強起の後遺障害は、悲惨かつ重篤なものであり、終生改善の見込みがなく、その精神的苦痛は計り知れない。

(七) 弁護士費用 一〇〇〇万円

5  原告勝義及び原告洋子の損害

(一) 慰謝料 各五〇〇万円

原告勝義及び原告洋子は、本件事故のため、高校二年生在学中の長男の将来を奪われ、精神的に計り知れない苦痛を被つている。

(二) 弁護士費用 各五〇万円

6  損害の填補

原告強起は、自動車損害賠償責任保険から二五〇〇万円の支払を受けた他、前記入院治療費として七一四万一九九五円、仮払仮処分の和解金として五三〇万円、その他の内入弁済金として五〇万円の各支払を受け、本件事故による損害の填補とした。

7  よつて、被告ら各自に対し、損害賠償請求として、原告強起は、金一億二三四三万八〇三三円及びこれに対する本件事故日の昭和六三年一月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告勝義及び原告洋子は、各金五五〇万円及びこれに対する右と同じ日から支払済みまで右と同じ割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、(二)は認めるが、(一)の事実は否認し、主張は争う。

3  同3ないし5の事実はいずれも知らない。

4  同6の事実は認め、仮払仮処分の和解金五三〇万円を損害の填補とすることに同意する。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故現場は、T字形交差点であり、被告杉中が進行してきたT字の上辺に当たる東西の直線道路が優先道路であり、原告強起が被害車に乗り走行してきた南北道路には、北側より東西の道路と交わる手前に一時停止の標示があつた。

原告強起はこの標示に従わず、かつ、優先道路である東西の道路の安全確認を怠つて、突然、東西の道路の加害車の直前に勢いよく飛び出してきたため、被告杉中は避けきれず本件事故に至つた。被告杉中は、東西の道路のやや左寄りを走行してきたから走行場所は問題にならない。そして、事故現場の交差点角には人家があるため、早期に原告強起を発見することはできず、また、進行方向左側の南北道路を見通すことはできなかつたのであるから、原告強起には本件事故について八割以上の過失がある。

2  損益相殺

原告ら主張の既払額の他に、健康保険から治療費として一一一九万五五一〇円が支払われている。この支払額についても、過失相殺後の損害額から控除されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の主張は争う。

原告強起は、南北の道路が東西の道路に交わる手前約七メートルの地点から減速し、交差点を左折して東西の道路の左端に寄つて、停止していたところ、被告杉中の運転する加害車が衝突してきたのであり、被告杉中に請求原因記載のとおりの重大な過失があつたために本件事故に至つたのであつて、原告強起には過失相殺されるべき過失はない。

2  同2の事実は認める。

理由

一  事故の発生について

請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  被告らの責任について

1  被告会社の責任

請求原因2(責任原因)(二)については当事者間に争いがない。

よつて、被告会社は、自賠法三条に基づき、本件事故による損害の賠償責任を負う。

2  被告杉中の責任

(一)  前記一記載の争いのない事実に加え、甲第二号証、検甲第一及び第二号証、第三号証の一ないし八、乙第一号証の一ないし四、第二号証の一ないし四、第三号証並びに原告強起及び被告杉中各本人尋問の結果(後記の信用しない部分を除く。)を総合すれば、以下のとおり認めることができる。

(1) 本件事故現場付近の状況は、別紙図面のとおりであり、東西に走る幅四メートルの道路(以下「東西道路」という。)に、北から南に向けて伸びる幅四メートルの道路(以下「南北道路」という。)が接続するT字形交差点(以下「本件交差点」という。)から東西道路を東方向に一・三メートル進んだ地点(別紙図面の〈×〉地点。南北道路東側側端の延長線からは三・八メートル離れた地点で東西道路の北側側端からは一メートルの地点である。)が衝突地点である。

(2) 東西道路の南側はフエンスで仕切られ、その南側を東西に流れるどぶ川を隔てて門真西高校グランドが広がつており、東西道路の北側は、南北道路の両側とも住宅が立ち並んでおり、東西道路の北端から三〇センチメートルの幅の溝蓋があるが、その北側には住宅が迫つている。

本件事故当時、本件交差点付近の道路はアスフアルト舗装されており、路面は平坦で乾燥していた。東西道路から南北道路の見通しは悪く、南北道路から東西道路の見通しも悪かつた。そして、南北道路の本件交差点手前には停止線が引かれ、一時停止の道路標示が立つていた。しかし、本件事故当時、本件交差点にはカーブミラーはなかつた。本件事故現場の交通量は、本件事故当日の午後三時三〇分から一時間行われた実況見分時に、一〇分間に三台の車両が東西道路を通過したのみで、平成元年三月一日午後一時二〇分から三〇分間に行われた二度目の実況見分時にも、五分間に一台の車両が東西道路を通過したのみであつた。

また、東西道路上に、東西道路南側側端に付着する形で、南北道路東側側端の延長線から一〇・六メートルほど東に離れた地点と同じく一三・八メートルほど西に離れた地点に、電柱が一本ずつ立つていた。

(3) 原告強起は、高校のクラブ活動に参加するために、被害車に乗り、南北道路を南に向けて進行し、本件交差点の手前にある停止線の手前二・五メートルの地点(別紙図面の〈ア〉地点)で減速し、同停止線上辺り(同じく〈イ〉地点)で、左折のために被害車のハンドルを左に切り、〈イ〉地点から四・二メートル左折進行した地点(同じく〈ウ〉地点)において、同地点より六・九メートル離れた東西道路上の地点(同じく〈3〉地点)を手前に進行してくる加害車を認め、ブレーキをかけたが、〈ウ〉地点から二・五メートル進んだところ(同じく〈エ〉地点)で、被害車前部を加害車右前部に衝突させるに至つた(衝突地点は、別紙図面の〈×〉地点である。なお、原告強起は、道路の端に避け被害車を停止させていたところを加害車により衝突された旨述べるが、原告強起本人尋問の結果から原告らの本件事故態様についての言い分を容れて作成されたものであると認められる乙第一号証の一ないし四(二度目に作成された実況見分調書)の記載等に照らし、信用することはできない。また、原告勝義は、本件事故の目撃者と偶然会い、その人物は原告強起が被害車を停止させていたところに加害車が衝突した旨話していたと述べるが、その人物の存在について確たる証拠はなく、原告勝義の右供述も信用することはできない。)。

原告強起は、衝突後、衝突の衝撃により、〈エ〉地点より一二・八メートル西側の地点(別紙図面の〈オ〉地点)に倒れ、被害車は、〈エ〉地点より一三メートル西側で〈オ〉地点より北側の地点(同じく〈カ〉地点)で倒れた。

(4) 加害車は、バンタイプの小型貨物自動車トヨタタウンエースで車幅が一六七センチメートルあつた。

加害車は、本件交差点の東側から、東西道路を西に向かつて進み、本件交差点の手前二五メートルほどの地点(別紙図面の〈1〉地点)から加速をし、東西道路北側側端と加害車北側端との間に一メートル間隔がある状態で、東西道路北側側端線と平行に進行し、本件交差点に至る一〇メートルほど手前の地点(同じく〈2〉地点)で加速をやめて時速二〇キロメートル程度の速度で進行し、進路を曲げることなく、そのままの速度で、本件交差点の手前一・三メートルの地点(同じく〈4〉地点)に至り、その右前部を〈×〉地点で被害車に衝突させた。

加害車は、衝突後、さらに進路を曲げることなく一二・一メートル西進した後に、別紙図面〈6〉地点に停止した。

(5) 被告杉中は、本件事故以前に本件事故現場付近を何度か通行したことがあり、本件事故当時、本件交差点があることを知つていた。

(二)  以上の事実によれば、被告杉中は、本件交差点に至る直前、前方を注視していなかつたものと推認できるところ(被告杉中は、別紙図面〈3〉地点で被害車を認めブレーキをかけようとしたが、ブレーキを踏み込む前に衝突し、その衝撃でブレーキを踏み外した旨供述し、甲第二号証及び乙第一号証の三にもこれに沿う記載部分があるが、被告杉中が立ち会つて本件事故直後に作成された実況見分調書添付の現場見取図である乙第二号証の三の記載と比べて、被害車を認めた地点については東西に四・八メートルほどのずれがあるうえ、同号証にはブレーキを踏み外した旨の記載は見当たらず、また、被告杉中のこの点についての供述も尋問の前後を通じて必ずしも一貫しているとはいい難いことからして、いずれも信用することができない。)、本件交差点付近は、道路幅が狭く、付近には住宅が立ち込み、交通は閑散とした状態であつて、歩行者等が飛び出す可能性が非常に高く、そのうえ、本件交差点においては、東西道路から南北道路に対する見通しが非常に悪かつたのであるから、被告杉中は、前方に注視し、南北道路からの急な飛び出しにも対応できるよう十分に減速し、また、進路を左に変えて右側の南北道路から本件交差点への進入に対応できるようにして進行すべき注意義務があつたのに、前方注視を怠つたうえ、本件交差点があることを知りつつ、加速することを止めたのみで特に減速することもなく漫然と時速二〇キロメートル程度の速度で進路も変えることなく進行した過失があるというべきである。

よつて、被告杉中は、民法七〇九条に基づき、本件事故による損害の賠償責任を負う。

三  原告強起の受傷、治療経過及び後遺障害について

1  受傷及び治療経過

甲第三ないし六号証、第二一号証及び乙第四号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告強起は、本件事故により、頚髄損傷、第六及び第七頚椎脱臼骨折の傷害を負い、その治療のため、阪本蒼生会蒼生病院に昭和六三年一月二三日から平成元年三月二一日までの四二二日間入院し、その後、星ヶ丘厚生年金病院に同月二二日から同年一〇月一五日までの二〇八日間入院したことが認められる。

2  後遺障害

(一)  甲第五及び第六号証並びに原告強起及び原告勝義各本人尋問の結果によれば、原告強起は、前記治療を受けたが、平成元年九月三〇日医師により症状固定の診断を受け、本件事故による後遺障害として、頚髄損傷により、自覚症状として上肢不完全麻痺及び下肢完全麻痺、他覚症状として第六及び第七頚椎脱臼骨折、四肢痙性麻痺(両上肢不全麻痺、両下肢完全麻痺)、深部反射亢進、病的反射及び神経因性膀胱を残し、将来の回復の見込みはないこと、原告強起は、手で字を書いたり食事をしたりはできるが、右障害のため、腕を触つても感覚が鈍く、移動はすべて車椅子でなければならず、排尿及び排便にはカテーテルで導尿したり、おむつを用いたり、薬品を使つたりしており、また、麻痺のために性機能障害があること、原告強起は、第一級の身体障害者手帳の交付を受けていることが認められる。

(二)  右の事実によれば、原告強起は、本件事故により、自賠法施行令別表第一級に該当する後遺障害を残したものと考えられる。

四  原告強起の損害

1  治療費 七一四万一九九五円

弁論の全趣旨によれば、本件事故による受傷の治療費として、少なくとも、原告強起主張のとおり、阪本蒼生会蒼生病院において六八三万五八一五円、星ヶ丘厚生年金病院において三〇万六一八〇円を必要としたことが認められる。

2  入院雑費 六九万三〇〇〇円

前記認定の治療経過によれば、原告強起は、本件事故による受傷の治療のために合計六三〇日間の入院が必要であり、その間に一日当たり一一〇〇円の入院雑費を必要としたものと推認される。

3  入院付添費 二八三万五〇〇〇円

前記認定の受傷及び治療経過並びに弁論の全趣旨によれば、原告強起は、本件事故の治療のため必要とした入院期間六三〇日間にわたり、付添介護を必要として常時家族一人の付添を受け、一日当たり四五〇〇円の入院付添費を必要としたものと推認される。

4  逸失利益 四八七五万八七五〇円

以上認定の事実に加え、原告強起及び原告勝義各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告強起は、昭和四六年三月八日生の健康な男子で、本件事故当時高校二年生であつたことを認めることができ、これらによれば、原告強起は、本件事故に遭わなければ、平成元年三月に高校卒業した後、六七歳までの四九年間にわたり就労可能であり、その間に、少なくとも平均して、一年当たり平成元年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子一八歳及び一九歳の平均賃金二〇五万三〇〇〇円程度の収入を得ることができたものと推認されるところ、本件事故により前記認定のとおりの後遺障害を残し、その結果、労働能力のすべてを失うに至つたものと考えられるから、これによる逸失利益の本件事故当時の現価を、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、次のとおりとなる。

(算式)2,053,000×(24.702-0.952)=48,758,750

なお、被告らは、原告強起が平成三年七月から食品会社の事務員として勤務して収入を得ており、本件事故による逸失利益はほとんどないと主張し、甲第二二ないし第二四号証には、原告強起が株式会社コロンバンに就職し、平成三年中に七九万円余りの収入を得た旨の記載があるが、前記認定の原告強起の後遺障害の内容および程度に照らせば、将来においても右と同様な収入を得られる蓋然性は必ずしも高いものとはいいがたいうえに、そもそも、右収入についても、原告強起の他人以上の努力の賜物というべきであるから、右主張は相当ではない。

5  将来的に必要とする費用

(一)  付添費 二三八六万四六一二円

甲第二五号証並びに原告強起及び原告勝義各本人尋問の結果によれば、原告強起は、現在のところ、株式会社コロンバンで就労し、身体障害者用の改造自動車を自ら運転して通勤しており、同社では、事務所等にスロープを付け、身体障害者用トイレを設置し、車椅子で通行できるように壁を取り払う等の配慮をしていること、原告強起は、車椅子によつても自力である程度の範囲を移動することが可能であること、しかし、原告強起は一人で入浴できず、原告勝義及び原告洋子(以下この項で「両人」という。)の介護によつて、一時間三〇分から二時間程度の時間をかけて行つていること、また、大便排泄においても、両人が付き添わないとできず、両人が介添えし、原告強起の腹部を押したり浣腸したりあるいは摘便したりして便を出していること、原告強起及び両人の体力及び気力が持たないため、入浴及び大便排泄は、それぞれ毎日は行えないこと、原告強起は、両下肢完全麻痺のため一人で足を伸ばすことができず、床ずれ防止のために両足を伸ばして両足の間に座布団を置き、踵の部分にクツシヨンを置く等して寝ることが必要であり、これらは両人が毎日行つていること、両人、主に原告勝義は、毎日、原告強起が起床した後、タオル等で原告強起の尻等を拭き、また、床ずれ防止のために、二〇分ないし三〇分程全身のマツサージを行つており、また、原告強起が勤務から帰つた後にも三〇分程度の腰部等のマツサージをしていること、以上の介護等は将来的にも続ける必要があり、内容として原告強起を抱え上げなければならないこともあり、両人にとつて、将来的には相当の負担になることが認められる。

以上によれば、原告強起は、最低限度として、入浴、就寝及び起床時には介護を必要としており、この介護は原告強起の生涯にわたつて必要であるものと推認されるところ、以上認定の諸事情によれば、その一日当たりの金額は二五〇〇円が相当であり、当裁判所に顕著な事実である昭和六三年簡易生命表による一八歳男子平均余命は五八・三年であるから、原告強起は、星ケ丘厚生年金病院を退院した平成元年一〇月以降五八年にわたつて、右の程度の介護費を必要とするものとするのが相当であり、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右介護費総額の本件事故時における現価を算出すると、次のとおり二三八六万四六一二円となる。

(算式)2,500×365×(27.105-0.952)=23,864,612(小数点以下切り捨て、以下同じ。)

(二)  車椅子代 八万三六八七円

前記認定の原告強起の後遺障害の内容及び程度等によれば、原告強起は、本件事故による後遺障害のために、起立及び歩行が不能になり、移動のために車椅子が必要であり、この状態は生涯続くものと思われるところ、甲第一六号証の一及び弁論の全趣旨によれば、原告強起は、平成元年七月一一日に自己負担金として九三五〇円を支出して車椅子を購入しており、また、車椅子の耐用年数は三年程度であるものと認めることができる。

以上によれば、原告強起の車椅子代として原告主張の八万三六八七円程度は、本件事故と相当因果関係にあるものと認められる。

(三)  ベツド代

全証拠に照らしても、いかなる理由から身体障害者用ベツドを必要とするのかについては明らかではないので、ベツド代は本件事故と因果関係のある損害とは認められない。

(四)  排尿及び排便についての清浄及び消毒費用 一〇五〇万七二二九円

原告強起は、本件事故による後遺障害のため、排尿及び排便には、カテーテルで導尿したり、おむつを用いたり、薬品を使つたり、摘便をしてもらつたりしていることは前記認定のとおりであり、甲第八号証、第九号証の一及び二、第一〇号証の一ないし九、第一一号証の一及び二、第一八号証の二、第二五号証、原告勝義本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告強起は、平成元年一〇月一五日の退院以後、排尿及び排便等のために必要なカテーテル、尿袋、紙おむつ、ゴム手袋、消毒綿及びゴムバンドの費用として、一か月当たり三万三四八〇円程度を必要としていることが認められる。そして、以上認定の諸事情によれば、この必要性は、原告強起の生涯続くものと推認されるから、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、平成元年一〇月以降五八年間の右費用の本件事故時における現価を算出すると、次のとおり一〇五〇万七二二九円となる。

(算式)33,480×12×(27.105-0.952)=10,507,229

6  慰謝料 二〇〇〇万円

前記認定の原告強起の受傷部位及び程度、治療経過、後遺障害の内容及び程度、年齢、家族構成その他弁論に現れた諸事情並びに後記の原告勝義及び原告洋子に認められる慰謝料額を総合考慮すれば、原告強起が本件事故により被つた精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当である。

五  原告勝義及び原告洋子の慰謝料 各一六〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告勝義は原告強起の父であり、原告洋子は原告強起の母であることが認めることができ、さらに以上認定の事実によれば、原告勝義及び原告洋子は、本件事故により、高校二年生在学中の子に頚髄損傷という重傷を負わされ、また、前記のとおりの両下肢完全麻痺等の重い後遺障害をもたらされて、子の死亡にも比肩するような精神的な苦痛を被つたばかりか、本件事故以後将来にわたり、原告強起の介護を続けなくてはならず、これらの精神的肉体的苦痛に加え、原告らの家族構成等その他弁論に現れた諸事情を考慮すると、原告勝義及び原告洋子に対する慰謝料としては、各一六〇万円が相当である。

六  過失相殺

前記認定の諸事情によれば、原告強起には、一時停止をして東西道路の安全確認をすることなく、単に交差点を曲がるために減速したのみで東西道路の進行車両等に備えて徐行することなく本件交差点に進入した落ち度があるというべきところ、本件事故は、前記の被告杉中の過失と原告強起の右の落ち度が競合して発生したものというべきであり、その内容及び程度を対比し、その他前記認定の諸事情を総合勘案すると、本件事故発生についての原告強起の過失割合は三割とするのが相当である。

そこで、原告強起の前記認定の損害額合計一億一三八八万四二七三円の三割を過失相殺として控除すると、原告強起が賠償を求め得る損害額は七九七一万八九九一円となり、また、原告勝義及び原告洋子についても同様の控除をすべきところ、これをすると、原告勝義及び原告洋子が賠償を求め得る損害額は各一一二万円となる。

七  損害の填補

原告強起が自動車損害賠償責任保険から二五〇〇万円、入院治療費として七一四万一九九五円、仮払仮処分の和解金として五三〇万円、その他の内入弁済金として五〇万円の各支払を受け、本件事故による損害の填補としたことは当事者間に争いがないから、これを過失相殺後の原告強起の損害額合計から控除すると、原告強起が被告らに対して賠償を求め得る残損害額は四一七七万六九九六円となる。

なお、被告らは、健康保険から支払われた治療費分についても、過失相殺を行つた後の損害額から損害の填補としてこれを控除すべき旨主張する。しかし、同治療費分については過失相殺を行う前にこれを控除するのが相当であり、結局、この控除方法は同治療費について損害として考慮しない場合と同じところに帰することとなるから、あえて同治療費分について損害として算定したうえで控除することはしない。

八  弁護士費用

原告らが、本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは本件訴訟上明らかであり、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告強起について四二〇万円、原告勝義及び原告洋子について各一二万円とするのが相当である。

九  結論

以上の次第で、被告ら各自に対する本訴請求は、原告強起が金四五九七万六九九六円及びこれに対する本件事故日である昭和六三年一月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告勝義及び原告洋子が各金一二四万円及びこれに対する右と同じ日から支払済みまで右と同じ割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるから、これらをいずれも認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民 松井英隆 小海隆則)

別紙

〈省略〉

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